【棘の家】あらすじ要約・ネタバレ・考察・読書感想文・レビュー(著:中山七里)
「うちの家族は普通だ」そう思っていた日常が、一瞬で崩れ去る瞬間があります。
中山七里の『棘の家』は、そんな恐ろしさを描いた家族ミステリーです。事なかれ主義の中学教師が、娘のいじめ自殺未遂をきっかけに、家族全員が容疑者になっていく物語。読んでいるうちに、全身に棘が刺さっていくような痛みを感じるかもしれません。
誰もが加害者にも被害者にもなりうる。そんな怖さが、この小説にはぎっしり詰まっています。ページをめくる手が止まらなくなる展開と、読後に残る重い余韻。2025年4月に角川文庫から発売され、多くの読者の心を揺さぶっている作品です。
「棘の家」はどんな小説?
家族全員が疑われる。そんな状況を想像したことがあるでしょうか。『棘の家』は、いじめという身近な問題から始まり、やがて殺人事件へと発展していく家族ミステリーです。
1. 家族全員が容疑者になる衝撃のミステリー
主人公の穂刈慎一は、クラスで起こるいじめに目を逸らすような中学教師でした。面倒なことには関わりたくない。そんな事なかれ主義が染み付いた、どこにでもいる普通の教師です。
ところが、小学6年生の娘・由佳がいじめで飛び降り自殺を図ります。一命は取り留めたものの、穂刈は突然「被害者の親」になってしまいました。妻の里美は元教師で、加害児童への復讐を誓います。中学2年生の息子・駿は、何もできない父親を責め続けます。
家庭は崩壊寸前でした。そんな中、いじめの主犯格とされる少女の名前が、何者かによってネットに晒されてしまいます。追い詰められていく加害者側の家族。そして、その少女が遺体で発見されるのです。今度は穂刈の息子が、殺人の重要参考人として警察に連れていかれてしまいます。
2. いじめを題材にした重厚な家族の物語
この小説が描くのは、単なる殺人ミステリーではありません。いじめという社会問題を正面から扱い、被害者家族の苦悩と怒りを丁寧に描いています。
穂刈は教育者としての矜持と、父親としての責任の間で激しく揺れ動きます。「あのとき、ちゃんと向き合っていれば」という後悔。「守りたいけれど、どう守ればいいのか」という無力感。読者も一緒に苦しくなるような、リアルな心の葛藤が描かれています。
妻の復讐心、息子の怒り、そして娘の沈黙。家族それぞれが抱える「棘」が、少しずつ浮かび上がってきます。誰が正しくて、誰が間違っているのか。答えは簡単には出ません。ただ、読み進めるほどに家族の姿が歪んでいくのが見えてきます。
3. 2025年4月発売で注目を集める理由
『棘の家』は2025年4月にKADOKAWAの角川文庫から発売されました。中山七里の作品の中でも、特に重厚で社会性の高いテーマを扱った一冊です。
いじめ問題、SNSによる私刑、家族の絆と崩壊。どれも現代社会が抱える問題そのものです。だからこそ、多くの読者が「他人事ではない」と感じながら読んでいます。ミステリーとしての完成度も高く、予想を裏切る展開が待っています。
文庫化されたことで手に取りやすくなり、書評サイトでも高い評価を得ています。読み応えのある一冊を求めている人に、強くおすすめできる作品です。
中山七里という作家について
ミステリー好きなら、中山七里の名前は一度は聞いたことがあるはずです。社会問題を鋭く切り取り、読者の心を揺さぶる物語を書き続けている実力派作家です。
1. ミステリー界を代表する実力派作家
中山七里は、デビュー作からその才能を遺憾なく発揮してきました。ストーリーテリングの巧みさと、人間の内面を描く筆力。この二つを兼ね備えた作家は、そう多くありません。
彼の作品には、どこか冷たい視線があります。人間の弱さや醜さを容赦なく描き出す。でもそれは、ただ暗いだけではありません。その奥に、人間への深い理解と共感が感じられるのです。
読み終わったあと、しばらく余韻が残る。そんな作品を書ける作家です。『棘の家』も例外ではなく、読後に心がざわざわする感覚が続きます。
2. 社会問題を鋭く描く作風
中山七里の作品には、いつも社会の闇が描かれています。『棘の家』では、いじめ問題と教育現場の事なかれ主義がテーマです。
彼の作品が優れているのは、問題を単純化しないことです。被害者と加害者、どちらも複雑な背景を持っています。善悪をはっきり分けるのではなく、グレーゾーンの中で揺れ動く人間を描きます。
だからこそ、読者は考えさせられます。「自分ならどうするか」「正しい選択とは何か」。答えのない問いを突きつけられて、ページをめくる手が止まらなくなるのです。
3. 代表作「さよならドビュッシー」「護られなかった者たちへ」
中山七里の代表作といえば、まず『さよならドビュッシー』が挙げられます。この作品でデビューし、一躍注目を集めました。ピアニストを目指す少女の物語ですが、そこには衝撃的な真実が隠されています。
もう一つの代表作が『護られなかった者たちへ』です。こちらも社会問題を扱った重厚なミステリーで、映画化もされました。生活保護制度の問題点を鋭く突いた作品です。
どちらも『棘の家』と共通するのは、社会の矛盾を描きながら、人間ドラマとしても読ませる力があることです。中山七里の作品世界に触れたいなら、この3作品は外せません。
こんな人におすすめの一冊
『棘の家』は、万人受けする作品ではありません。でもだからこそ、刺さる人には深く刺さる小説です。どんな人に向いているのか、具体的に見ていきます。
1. 家族の絆や葛藤を描いた物語が好きな人
家族って、一番近いのに一番わからない存在かもしれません。『棘の家』は、そんな家族の複雑さを描いた物語です。
穂刈家は、表面的には普通の家族でした。でも、娘の事件をきっかけに、それぞれが隠していた本音が噴き出します。妻は夫を信頼していなかった。息子は父親を軽蔑していた。そんな真実が、少しずつ明らかになっていきます。
家族の絆と崩壊、両方を描いた作品が好きな人には、ぜひ読んでほしいです。読み終わったあと、自分の家族のことを考えてしまうかもしれません。
2. いじめ問題に関心がある人
いじめは、遠い話ではありません。学校だけでなく、職場でも地域でも起こりうる問題です。
『棘の家』は、いじめの構造を丁寧に描いています。加害者にも背景があり、被害者も完全な被害者ではない。そんな複雑な現実を、この小説は突きつけてきます。教師の事なかれ主義、親の無関心、SNSによる私刑。すべてが絡み合って、悲劇を生んでいきます。
いじめ問題について深く考えたい人、教育に関わる人には、強くおすすめしたい作品です。答えは出ませんが、考えるきっかけにはなるはずです。
3. どんでん返しのあるミステリーが読みたい人
中山七里の作品は、予想を裏切る展開が魅力です。『棘の家』も例外ではありません。
物語は、娘のいじめから始まります。でも途中から、殺人事件のミステリーへと変わっていきます。犯人は誰なのか。動機は何なのか。読者は推理しながら読み進めますが、簡単には答えが見えてきません。
ラストには、家族それぞれが抱えていた秘密が明らかになります。「そういうことだったのか!」という驚きと、「やっぱり救いがない」という絶望感。両方が押し寄せてくる結末です。ミステリーとしての完成度も高い一冊です。
4. 重いテーマを扱った骨太の小説を求めている人
軽い読み物ではありません。『棘の家』は、読むのに体力がいる小説です。
重いテーマ、複雑な人間関係、救いのない展開。読んでいて辛くなる場面も多いです。でも、その重さこそが、この作品の魅力でもあります。軽く読み飛ばせない、骨太の小説を求めている人には最適です。
読み終わったあと、しばらく余韻が残ります。すぐに次の本を読む気になれないかもしれません。でもそれは、作品が心に深く刻まれた証拠です。
あらすじ(ネタバレあり)
ここからは、物語の詳細を紹介していきます。ネタバレを含みますので、まだ読んでいない人は注意してください。
1. 事なかれ主義の中学教師・穂刈の日常
穂刈慎一は、中学校の教師です。クラスでいじめの相談を受けても、深く追求しようとしません。「机の落書きくらいで大げさに」「相手の家庭にも事情がある」。そんな言い訳を並べて、面倒を避けようとします。
妻の里美は元小学校教師で、今は専業主婦です。中学2年生の息子・駿と、小学6年生の娘・由佳がいます。穂刈は仕事が忙しく、子どもたちとゆっくり話す時間もありません。「世の父親たちも、みんなこんなものだろう」。そう自分に言い聞かせながら、日々を過ごしていました。
平穏な日常。問題がないわけではないけれど、大きな事件が起きているわけでもない。穂刈は、そんな平凡な生活に満足していました。でもその平穏は、突然終わりを告げます。
2. 娘の飛び降り自殺未遂で一変する家族
授業中、穂刈は妻から急な電話を受けます。由佳が小学校の3階の窓から飛び降り、救急搬送されたというのです。
病院に駆けつけると、大怪我を負った娘がいました。一命は取り留めたものの、意識は戻りません。なぜ飛び降りたのか。やがて、いじめが原因だったことが明らかになります。
由佳は、クラスでいじめられていた別の子を庇っていました。その結果、今度は自分がターゲットにされてしまったのです。追い詰められた由佳は、衝動的に飛び降りてしまいました。穂刈は、突然「いじめ被害者の親」になったのです。
3. いじめ加害者の名前がネットに晒される
妻の里美は、加害児童への復讐を誓います。「許せない」「あの子たちのせいで」。その憎悪は、日に日に強くなっていきます。
息子の駿は、父親を責めます。「お父さんは教師なのに、何もできなかったじゃないか」。その言葉が、穂刈の心に突き刺さります。家族はバラバラになり、崩壊寸前でした。
そんな中、いじめの主犯格とされる少女の名前が、何者かによってインターネットに書き込まれてしまいます。SNSで拡散され、加害者側の家族も追い詰められていきます。ネット私刑が始まったのです。
4. 主犯格の少女が遺体で発見される
事態は、さらに悪い方向へ進みます。名前を晒された少女が、公園で遺体となって発見されたのです。
殺人事件へと発展した物語。警察は、いじめの関係者を調べ始めます。被害者家族である穂刈家にも、捜査の手が伸びてきました。誰が犯人なのか。動機は何なのか。
穂刈は、まさか自分の家族が疑われるとは思っていませんでした。でも現実は、彼の予想を超えていきます。教師としての自分と、父親としての自分。その間で、穂刈は激しく揺れ動きます。
5. 息子が殺人容疑で疑われる
衝撃的な展開が待っていました。穂刈の息子・駿が、殺人の重要参考人として警察に連れていかれたのです。
妹の仇を討つため、加害者の少女を殺した。そう疑われました。穂刈は、息子を信じたいけれど、確信が持てません。家族なのに、互いのことを何も知らなかった。そんな事実に気づかされます。
被害者の親から、加害者の親へ。立場が逆転する恐怖。穂刈家に、次々と棘が刺さっていきます。家族全員が容疑者になり、誰も誰も信じられなくなっていくのです。
6. 揺れ動く父親としての想いと教師としての立場
穂刈は、自問し続けます。教育者としての矜持と、父親としての責任。どちらを優先すべきなのか。
クラスのいじめを見て見ぬふりをしていた自分。その結果、娘が被害に遭った。そして今度は、息子が疑われている。すべては自分の責任なのではないか。穂刈の心は、深く傷ついていきます。
物語は、予想外の真実へと向かいます。家族それぞれが抱えていた秘密。誰もが棘を持ち、誰もが毒を流していた。その真実が明らかになるとき、読者も衝撃を受けるはずです。
読んだ感想とレビュー
『棘の家』を読み終えて、しばらく何も考えられませんでした。重い。とにかく重い作品です。でもその重さが、この小説の価値だと感じています。
1. 全身に棘が刺さるような読後感
タイトル通り、読んでいる間ずっと痛みを感じます。登場人物たちが互いに傷つけ合い、棘を刺し合っていく様子。それを見ているだけで、こちらまで痛くなってきます。
読後感は、決して爽快ではありません。むしろ、心がざわざわして落ち着かない。でもそれは、作品が成功している証拠だと思います。小説が心に深く刻まれた感覚です。
すぐに次の本を読む気にはなれませんでした。しばらく余韻に浸っていたい。そんな気持ちにさせられる一冊です。
2. 登場人物それぞれが抱える「棘」の描写
この小説の優れた点は、誰もが完全な善人でも悪人でもないことです。みんな、心に棘を抱えています。
穂刈は事なかれ主義で、見て見ぬふりをしてきました。妻の里美は復讐心に囚われ、冷静さを失います。息子の駿は、父親への軽蔑を隠していました。そして娘の由佳も、家族に言えない秘密を持っていたのです。
誰もが被害者であり、誰もが加害者になりうる。そんな現実を、この小説は突きつけてきます。読んでいて辛いけれど、目を逸らせない物語です。
3. 事なかれ主義の穂刈に感じるリアルさ
穂刈という人物が、とてもリアルでした。正義感の強いヒーローではなく、どこにでもいる普通の人間です。
面倒なことは避けたい。家族のために頑張っているつもりだけど、実は何もわかっていない。そんな穂刈の姿に、自分を重ねてしまう人は多いはずです。だからこそ、彼の苦悩が心に刺さります。
「もし自分が同じ立場だったら」と考えると、背筋が寒くなります。他人事ではない。そう感じさせる力が、この小説にはあります。
4. 妻・里美の激しい復讐心の怖さ
里美という人物も、印象的でした。元教師で、教育には理解があるはず。でも娘が被害に遭った瞬間、彼女は変わってしまいます。
加害者への憎悪に囚われ、冷静さを失っていく里美。その姿は、怖いけれど理解できる部分もあります。自分の子どもが傷つけられたら、誰だって復讐したくなるでしょう。
でも、その復讐心が新たな悲劇を生んでいきます。里美の行動には、読者も複雑な感情を抱くはずです。共感と恐怖、両方を感じる人物造形です。
5. 予想を裏切る展開に引き込まれる
中山七里の筆力は、さすがです。ミステリーとしての展開も巧みで、予想を裏切られ続けました。
「犯人はこの人かな」と思っても、違う。「じゃあこっちか」と考え直しても、また違う。読者を翻弄する展開が続き、ページをめくる手が止まりませんでした。そして最後に明かされる真実は、予想の斜め上を行くものでした。
ミステリーとしても、人間ドラマとしても、高いレベルで成立している作品です。両方を求める読者を、満足させてくれるはずです。
6. 家族の崩壊と再生を問いかける物語
物語の最後、穂刈が見たのは枯れ果てたイラクサでした。庭に繁茂していたイラクサは、家族の象徴だったのです。
枯れたイラクサは、崩壊した家族を暗示しているのでしょうか。それとも、棘が抜けて毒が洗い流され、再生の可能性を示しているのでしょうか。答えは明確には示されません。
でもその曖昧さこそが、この小説のリアルさだと感じます。家族の問題に、簡単な答えはありません。読者それぞれが、自分なりの答えを見つける。そんな読書体験ができる作品です。
読書感想文を書くときのポイント
『棘の家』で読書感想文を書くなら、いくつか押さえておきたいポイントがあります。重いテーマだからこそ、自分の考えを深く掘り下げることができます。
1. 「棘」というタイトルに込められた意味を考える
なぜ「棘の家」なのか。このタイトルの意味を考えることから始めるといいでしょう。
物語に登場する人物は、みんな心に棘を抱えています。その棘が互いを傷つけ、家族を崩壊させていきます。庭に生えていたイラクサも、棘のある植物でした。タイトルは、家族の状態を象徴していたのです。
「自分にも棘はあるだろうか」「誰かを傷つけていないだろうか」。そんな問いかけを、感想文に盛り込むことができます。タイトルの意味を深く考えることで、作品の理解も深まるはずです。
2. 自分が穂刈の立場ならどう行動するか
主人公・穂刈の選択について、自分なりの考えを書くのも効果的です。もし自分が同じ立場だったら、どう行動しただろうか。
教師としての立場と、父親としての立場。この二つの間で揺れ動く穂刈に、共感できる部分もあれば、批判したくなる部分もあるはずです。その両方を正直に書くことで、深みのある感想文になります。
「穂刈は間違っていた」と批判するだけでなく、「でも自分にもできたかわからない」という正直な気持ちを書くこと。そのバランスが大切です。
3. いじめ問題について感じたことを書く
『棘の家』の中心テーマは、いじめです。この問題について、自分が感じたことを書きましょう。
いじめは加害者だけの問題ではありません。周りで見ている人、止めない人、見て見ぬふりをする人。みんなが関わっている問題です。穂刈のような事なかれ主義が、いじめを助長させてしまう。そんな構造的な問題を、この小説は描いています。
自分の経験や身近な出来事と結びつけて書くと、より説得力が増します。いじめを見たことがあるか、自分はどう行動したか。そんな具体的なエピソードがあると、感想文に深みが出ます。
4. 家族のコミュニケーションの大切さを振り返る
穂刈家の崩壊は、コミュニケーション不足から始まっています。父親は仕事が忙しく、子どもたちと向き合う時間がありませんでした。
「うちの家族は普通だ」と思っていても、実は互いのことを何も知らない。そんな家族は、意外と多いのかもしれません。この小説を読んで、自分の家族について考え直すきっかけになった。そんな感想を書くのも良いでしょう。
家族だからこそ、ちゃんと話すことが大切。そんな当たり前のことを、改めて気づかせてくれる作品です。その気づきを、自分の言葉で表現してみてください。
物語の考察とテーマ
『棘の家』には、いくつもの深いテーマが込められています。表面的な物語を超えて、何が描かれているのか考えてみます。
1. タイトル「棘」が象徴するものとは?
「棘」は、人間の心に潜む攻撃性や防衛本能を象徴しています。誰もが心に棘を持っていて、それが他者を傷つける武器にもなれば、自分を守る盾にもなります。
庭に生えていたイラクサは、触ると痛みを感じる植物です。穂刈家の人々も、互いに触れ合うと痛みを感じる関係になっていました。家族なのに、心の距離は遠い。触れようとすると、棘が刺さって痛い。
そして、棘から流れ出る毒は、周りの人々をも巻き込んでいきます。いじめを受けた娘も、復讐に燃える母も、最初の被害者だった子も。みんな棘を持ち、毒を流していた。タイトルは、そんな人間関係の複雑さを象徴しているのです。
2. 誰もが被害者であり加害者になりうる
この小説が描くのは、善悪の単純な二項対立ではありません。登場人物は、状況によって被害者にも加害者にもなります。
由佳は、いじめの被害者でした。でも彼女自身も、誰かを傷つけていたかもしれません。里美は娘を思う母親ですが、復讐心に囚われて暴走します。駿は妹を守りたい優しい兄ですが、その行動が新たな悲劇を生むのです。
誰もが完全な善人ではなく、誰もが完全な悪人でもない。そんな人間の複雑さを、この小説は丁寧に描いています。読者は、簡単に誰かを批判できなくなります。
3. 正義と復讐の境界線
里美の復讐心は、理解できる部分もあります。娘が傷つけられたのだから、加害者に罰を与えたい。それは親として当然の感情かもしれません。
でも、その復讐が正義なのでしょうか。加害者を追い詰めることで、本当に問題は解決するのでしょうか。SNSでの私刑、ネットリンチ。現代社会でも起きている問題を、この小説は描いています。
正義のつもりで行った行動が、新たな悲劇を生む。復讐は連鎖していく。そんな恐ろしさを、『棘の家』は示しています。正義と復讐の境界線は、思っているよりも曖昧なのかもしれません。
4. 家族という名の牢獄と救い
穂刈家は、表面的には普通の家族でした。でも実際には、誰もが息苦しさを感じていたのです。
父親は仕事を言い訳に、家族と向き合わない。母親は過去の経歴にこだわり、現実を見ようとしない。子どもたちは、親に本音を言えない。家族という枠組みが、かえって互いを縛っていました。
でも、枯れたイラクサは再生の可能性も示唆しています。棘が抜け、毒が流れ出た後には、新しい関係が築けるかもしれません。家族の崩壊は、再生の始まりでもある。そんな希望を、わずかに感じさせる結末です。
作品から広がる視点
『棘の家』を読むと、現代社会が抱える問題について考えさせられます。小説の中の出来事は、決して架空の話ではありません。
1. 現代社会におけるいじめの構造
いじめは、個人の問題ではなく構造的な問題です。この小説を読むと、そのことがよくわかります。
加害者の子どもにも、家庭の事情があります。被害者も、完全に無力なわけではありません。教師は見て見ぬふりをし、親は気づかない。周りの子どもたちは、傍観者として存在します。
いじめは、こうした複数の要因が絡み合って起こります。誰か一人を責めても、問題は解決しません。構造そのものを変えていく必要がある。『棘の家』は、そんなメッセージを発しています。
2. 教育現場の事なかれ主義という問題
穂刈のような教師は、実際に多いのではないでしょうか。問題を表面化させたくない。波風を立てたくない。そんな事なかれ主義が、教育現場に蔓延しています。
「机の落書きくらいで」「家庭に事情がある」。そんな言い訳で、いじめを見逃してしまう。穂刈は、決して悪人ではありません。でも、その消極性が悲劇を招いてしまうのです。
教師個人の問題ではなく、システムの問題でもあります。忙しすぎる教師、生徒一人ひとりに向き合えない環境。そうした構造的な問題を、この小説は浮き彫りにしています。
3. SNSによる私刑の危険性
いじめの加害者とされる少女の名前が、ネットに晒されます。それをきっかけに、彼女は殺されてしまいました。
SNSでの私刑は、現代社会の大きな問題です。正義のつもりで個人情報を拡散し、相手を追い詰める。そんな行為が、日常的に起きています。
でも、ネットで晒された情報が正しいとは限りません。真犯人でない可能性もあります。たとえ加害者だったとしても、私刑が許されるわけではありません。『棘の家』は、SNSの持つ暴力性を鋭く描いています。
4. 家族の中で見せる顔と隠す顔
穂刈家の人々は、それぞれに仮面を被っていました。父親は「普通の家族だ」と思い込み、母親は「良き妻・母」を演じていました。子どもたちも、親の前では本音を隠していた。
家族だからこそ、見せられない顔がある。そんな矛盾を、この小説は描いています。一番近い存在なのに、一番わかり合えない。そんな家族の皮肉が、物語全体に漂っています。
でも同時に、だからこそちゃんと向き合う必要がある。そんなメッセージも感じられます。仮面を脱ぎ捨てて、素直に話す。それができれば、家族は変われるかもしれません。
この本を読むべき理由
『棘の家』は、読むのに勇気がいる小説です。でも、読む価値は十分にあります。なぜこの本を読むべきなのか、最後に力説させてください。
1. 他人事ではない家族の問題を突きつけられる
この小説の怖さは、リアルさにあります。穂刈家のような家族は、どこにでもいるかもしれません。
「うちは大丈夫」と思っていても、実は問題を抱えている。家族だからこそ、見えないものがある。そんな現実を、この小説は容赦なく突きつけてきます。読んでいて辛いけれど、目を逸らしてはいけない問題です。
自分の家族について、改めて考えるきっかけになります。ちゃんと話しているだろうか。互いのことを理解しているだろうか。そんな問いかけが、心に浮かんでくるはずです。
2. 中山七里の筆力が光る人間ドラマ
ミステリーとしても、人間ドラマとしても、非常に高いレベルの作品です。中山七里の筆力が、存分に発揮されています。
登場人物の心理描写が、とにかく巧みです。穂刈の葛藤、里美の憎悪、駿の怒り。それぞれの感情が、リアルに伝わってきます。読んでいて、まるで自分も穂刈家の一員になったような気持ちになります。
ストーリー展開も見事で、最後まで飽きさせません。予想を裏切る展開と、考えさせられるテーマ。両方を兼ね備えた、完成度の高い小説です。
3. 読み終わったあとも心に残り続ける物語
すぐに忘れられる小説ではありません。読み終わってからも、ずっと心に残り続けます。
「棘」というタイトルの意味。穂刈家の行く末。いじめ問題の難しさ。考えるべきことが、たくさんあります。一度読んだだけでは消化しきれない、深い作品です。
時間が経ってから、また読み返したくなるかもしれません。読むたびに新しい発見がある。そんな小説は、そう多くありません。『棘の家』は、そんな数少ない作品の一つです。
まとめ
『棘の家』を読み終えた今、思うことがあります。家族というのは、本当に難しいものですね。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| タイトル | 棘の家 |
| 著者 | 中山七里 |
| 出版社 | KADOKAWA |
| 発売日 | 2025年4月(角川文庫) |
中山七里が描いたのは、誰もが心に棘を持っているという現実でした。その棘が、家族を、社会を、どんどん傷つけていく。読んでいて痛くて辛いけれど、それでも読まずにはいられない物語です。
この作品を読んで、自分の周りを見直すきっかけになればいいなと思います。家族との関係、職場での立ち振る舞い、子どもたちへの接し方。見て見ぬふりをしていることはないでしょうか。
完璧な人間なんていません。でも、少しだけ意識を変えることはできます。棘を抜くことはできなくても、刺さないように気をつけることはできる。そんな希望を、この小説は残してくれています。重いけれど、読む価値のある一冊です。
